二人で考えすぎるブログ

二人で、考えすぎずに書く練習をしています。

運命について思うこと -バチェラー・ジャパンSeason2を観て

f:id:ayak2012:20180630221621j:image


こんばんは、十専口人です。

宇井都が前回ボロクソに言ってたバチェラーですが、僕は懲りずにシーズン2まで観てしまいました(笑)

何故観るに至ったのか?

それはシーズン1が、これまで僕になかった価値観を与えてくれたからだと思います。

シーズン1を観終わった後は、正直シーズン2を観るまでも無いと思っていました。でも数日過ぎて、急に観たくなる衝動に駆られ、気がついたら毎週配信を楽しみに待っている自分がいました。(宇井都が爆笑している様子が目に浮かぶ笑)

シーズン2で考えたこと

シーズン2は、シーズン1と比べものにならないくらい面白いものでした。これは全話観たから言えることです。途中何度も観るのをやめようと思いましたが、最後まで観て本当に良かったです。最後まで観るからこそ見えてくるものがありました。

この番組を通して、僕の価値観は大きく変化しました。

今回のシーズンでは「運命」というものを考えさせられました。

僕自身、運命はやってくるものではなく、自分で作るものだと思っています。それは今も変わらないのですが、その作り方に新しい発想をくれました。

前回も書きましたが、僕は本来この手の番組が大嫌いです。自分でも観るに至ったのが不思議なくらい。

きっと僕はこれまで見せ方ばかりに目がいってたのだと思います。ヒットさせる為の制作陣の目論みや、中身のない出演者たち、自分が信じているものとのギャップ、それをどこか目の敵にしていた気がします。

でも、物事からどんなメッセージを受け取るかって、その人の向き合い方次第だなと、改めて感じることができました。

世間ではどんだけ批判されるものであっても、それを見て感動し行動するきっかけを与えてくれたのであれば、それはその人にとってとても大切なものになります。

この手の番組はヤラセかどうかの議論がよくされます。でも僕にとってそれはどうでも良いことで、フィクションであれノンフィクションであれ、感動するものや気づきを与えてくれるものであれば、それで良いです。どれだけ入り込むことができるのか、つまり夢中になれるのかということが大事なのだと思います。

あの番組に応募する女性たちも、入り込むことができなければ最後まで残ることはできません。番組の性質だったり、カメラが回っていることだったり、出演している自分を観て世間が何を言ってくるか、など考えていたら絶対に最後まで続かないと思います。

色んな葛藤はあれど、自分を夢中にさせることが運命を切り拓く大事な要素だと思います。

僕の中の変化

僕は考えすぎるタイプで、常に客観的に自分を見て、こうでありたいという理想像を演じている節があります。ただ、熱くなると我を忘れて空気の読めない発言や行動をしてしまうことも度々あります。そんな時、後悔するというよりも、自分の素の部分を初めて知った気がして、どことなく嬉しくなります。

正直バチェラーのシーズン1を観てあんなに文章が書けるとも思っていませんでした(笑)

世間ではそれを真面目と呼ぶのでしょうが、飾ってばかりの僕にとって夢中になれるものというのは、それだけ大事なものです。

少し前の僕だったら、このような番組を観て語る自分が恥ずかしいと、文句を言う側に回っていたと思います。しかし、観終わった後には何か大きな殻が破れた気がしました。自分でも驚きなのは、結婚したいという気持ちが少し芽生えたことです。その為に行動を変えてみようとも思っています。この番組を観なければ、この考えは生まれませんでした。

運命を切り拓くには

固定概念を無くすことの大切さはよく言われることですが、果たしてどこまでやっているでしょうか?

経験してみないと分からない、と経験して判断する事は当然だと思いますが、その経験の仕方も非常に重要だと思っています。本人にとことん理解しようとする気持ちや、楽しもうとする努力があるかどうか、これがポイントのような気がします。これが今までの僕に欠けているものでした。常にどこか客観視する自分がいて、本気になる一歩手前でいつもブレーキを踏んでいました。特に、こと「恋愛」に関しては。

そんな自分を変える為には、

「きっかけを自分のものにする」

ということが大事だということに気づきました。

自分が苦手とするもの、やりたくない事でも、まずは挑戦してみようと思う気持ちって誰しも経験あると思います。しかし時には、その挑戦の機会が自分の予期せぬ事でやってきたりします。今回の僕の場合で言うと後輩の薦め。

この場合、自分がやろうとしてつくった「きっかけ」で無いだけに、本気になりにくいものです。

でも、そうやって偶然にできた「きっかけ」を、恥とかプライドとか捨てて我を忘れるくらい本気になれるかどうかというのは、自分の頑張り次第だなと思います。

心のリミッターを外していく感じ。

きっと、そうやってリミッターを外し「きっかけ」を自分のものにできた分だけ、運命はやってくるものだと思います。


何か後で見直すと恥ずかしい記録になりそうですが(笑)今の自分の偽りない気持ちを忘れないように書きました。